話はだいぶ古めくが、大正十一年の秋の或る一夜のことだ。三ヶ月ほどの南北支那の旅を終つて、明日はいよいよ懷しい故國への船路に就かうといふ前の晩、それは乳色の夜靄が町の燈灯をほのぼのとさせるばかりに立ち罩めた如何にも異郷の秋らしい晩だつたが、僕は消息通の一友と連れ立つて上海の町をさまよひ歩いた。先づ四馬路の菜館で廣東料理に舌皷[#ルビの「したつゞみ」は底本では「したつ゛み」]を打ち、或る外國人のバアでリキユウルをすすり、日本料理屋で藝者達の長崎辯を聞き、更にフランス租界の秘密な阿片窟で阿片まで吸つてみた。
「さア、もう一ぺん四馬路の散歩だ。」
と、お互に微醺を帶びて變に彈み立つた氣分で黄包車を驅り、再び四馬路の大通へ出たのはもう夜の一時過ぎだつた。
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