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麻雀殺人事件

 それは、目下(もっか)売出(うりだ)しの青年探偵、帆村荘(ほむらそうろく)にとって、(あきら)めようとしても、どうにも諦められない彼一生の大醜態(だいしゅうたい)だった。
 帆村探偵ともあろうものが、ヒョイと立って手を伸ばせば届くような間近(まじ)かに、何時間も坐っていた殺人犯人をノメノメと逮捕し(そこな)ったのだった。いや、それどころではない、帆村探偵は、直ぐ鼻の先で演じられていた殺人事件に、始めから(しま)いまで一向気がつかなかったのだというのだから口惜(くや)しがるのも全く無理ではなかった。
「勝負ごと()るのは、これだから良くないて……
 彼はいまだにそれを繰返しては、チェッと舌を打っているところを見ると、余程(よほど)忘れられないものらしい。彼が殺人事件とは気づかず、ぼんやり眺めていたという其の場の次第は、およそ次にのべるようなものだった。
     *   *   *
 それは()し暑い真夏の夜のことだった。
 大東京のホルモンを皆よせあつめて来たかのような精力的(エネルギッシュ)新開地(しんかいち)、わが新宿街(しんじゅくがい)は、さながら油鍋(あぶらなべ)のなかで()られているような暑さだった。その暑さのなかを、新宿の向うに続いたA町B町C町などの郊外住宅地に住んでいる若い人達が、押しあったりぶつかり合ったりしながら、ペーブメントの上を歩いていた。郊外住宅も案外涼しくないものと見える。
 帆村探偵は、ペーブメントの道を横に切れて、大きいビルディングとビルディングの間の狭い路を入ると、突当りに「麻雀(マージャン)」と書いた美しい電気看板のあがっている家の(ドア)を押して入った。

 

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